NHKの語彙力特集は果たして的外れであったのだろうか?
端から見たTwitterという文化は世間からはかけ離れてしまっている。
ツイッター民「ああああああああ(語彙力)」
— 🍒陰キャ童貞クソぼっち👦 (@1ncha_Ronin) June 25, 2019
NHK「SNSで語彙力が足らないと嘆く人が増えています(以下語彙力を高める本の紹介)」
お前らはもっと読解能力を磨け pic.twitter.com/DlO2Kv1Vpw
今朝NHKをいつも通りボーっと見ていたら語彙力が不足しているとかいう特集が組まれていましてね。語彙力を伸ばしてくれるツールとか語彙力を上げる本とか紹介されているのを見て、本当にこの国は大丈夫なのかと案じてしまいました。
Twitterに造詣が深い人ならお分かりだと思いますが、「すごい(語彙力)」とか「あ・・ああ・・・(語彙力)」などは①感情が昂りすぎてしまい言葉を失ってしまう(語彙力喪失)という意味と②ここまですごい現象に対して私たちは言い表すことができない(語彙力不足)という意味の二つで使われています。
だから語彙力(がなくなってしまうほどの感情)という表現方法をはらんでいるんですよね。もともとこのネタはTwitterを初期からやっている身としては結構最近、ここ2,3年を境に現れた感覚があります。
そのころからTwitter上で短い漫画を上げることが多くなり、感謝を伝える人々が現れ始めました。あまりの感動に語彙力を失った人間がわらわらと集まり始めたのを覚えています。まぁ今でも同じような状況はそこらじゅうで見かけますが。
なので、今回のNHKの特集に関してはTwitter民からすると、「は?大して知らないくせにそういうこと言うのやめてくれない?お前らが語彙力磨けよ」という怒りを買ってしまったというのがことの顛末となります。
しかしですね、自分は結構このNHKの考察の視点は悪くなかったと思うんですよね。最近の若者は語彙力が低下しているという嘆きは昔からあります。「ヤバイ」という言葉で様々な感情を表していることや「尊い」という言葉を使って好きのその先を全て言い表してしまっていること。割と危惧するところではないかと思っています。(人のことを言えないですけど)
以前Twitterでこのようなツイートを見かけました。
【保存版】可能性・推量を表す助動詞 pic.twitter.com/w6BVldLkWy
— こあら🇦🇺in Australia (@freekoala5) June 14, 2019
英語に関してのツイートですが、可能性・推量に関しての度合いを表す表現です。こんな感じで、言葉には細かく程度によって言葉が使い分けられています。しかし、今のTwitter界は良さが75くらいを超えると一気に「尊い」とか「(語彙力)」っていう表現に切り替わるんですよね。全部いっしょくたにされてしまっている。こんな状況、上の世代の方々が見たら事情を知っている知らないに関わらず、「語彙力が心配」って言われるでしょうよ。
うーん、今回NHKは間違えて特集を組んだ感はありますけど、語彙力の件に関しては割と的外れじゃなかったんじゃないかなぁと思ってしまいます。
過去に若者の間ではやった度合いを表す表現があったんですけど覚えてますかね?
そう、激おこぷんぷん丸です。まったく聞かなくなりましたけどね。そんな感じで度合いを表す言葉は作られてはいるんですが(これを知っていたところで語彙力が高いとは言えないが)、どうも長生きしないんですよね。
問題はSNSのインスタント感に原因があると思うんですけどね。あの場は端的に表現を行うことが向いている場なので、どうしても表現方法も簡略化される方向にバイアスがかかります。そのため、日本語古来の美しい語彙とのマッチ性がどうしても低い。なんとかしていろいろな表現方法を覚えていかないと、いざ文章にするときにまじめに子供たちは「尊い」とか文章に盛り込んで、どれくらいの感情を表しているのかがわからなくなってしまう気がしてしまいます。
まぁTwitter見てもらえばわかると思うんですけど、僕も語彙力がない側の人間なんですけどね!
以上、なんとなーく今回の特集に危機感を感じた若者の意見でした。(20分)